能登島のマツタケ


おはようございます、息子です。
今日は、能登島のマツタケ事情の話をしたいと思います。


私が小さい頃の話ですが、我が家にはマツタケ山がありました。
と言っても、今思えば区分所有みたいなもので、採っても良いエリアはナイロン製のひもによって仕切られていました。
けもの道というか、けものですら通らないような急な坂を、マツタケを求めて何度か登ったことがあります。
もちろん、探しはしますが足手まといだったでしょう。
しかし、最近、マツタケの話をあまり聞かないなと思っていたら、実はあまり採れなくなっていたようです。

 能登島のマツタケは98年ごろまで、市場に出荷されるだけで年間600キロから900キロの生産量があった。最盛期には、民宿など島内で消費される分をいれると「トン単位だったのでは」(市産業部)という。
 しかし、この10年ほどは過疎や高齢化で山の手入れをする人が減った。マツタケにはやせた土壌が必要なのに、林には腐葉土がたまっている。また「マツタケが出るのは樹齢20年から40年の木」といわれる林の老木化もあって生産量は激減。現在はわずか年10キロから20キロ程度しかない。

[asahi.com : 「マツタケの島」復活へ、七尾市と住民がスクラム – マイタウン石川]

全盛期の1~2%程度しか採れなくなっていたようです。
宝の持ち腐れというのはこの事ですね…。
過疎にはこんな問題もあるということが(今さらですが)分かりました。
ここまで放置されていたことに関しては、非常に残念だと思います。
日本産のマツタケは、香りが素晴らしいと思います。
新鮮なうちに市場に出回る影響もあるのかもしれませんが、やはり、国産のマツタケには憧れがありますよね。
今後、能登島が「マツタケの島」と呼ばれるように、「マツタケ山再生研究会」には大きく期待します。
能登島が、マツタケのブランドと言われるようになって欲しいと思います。
能登島でのご宿泊は民宿 若林荘をぜひご利用下さいませ。
民宿 若林荘
皆さまのお越しを心よりお待ち申し上げます。